雇用契約書は、会社と働く人が合意した労働条件を記録する書類です。労働契約は合意で成立し、契約書がないだけで働いた事実や賃金を請求する権利が消えるわけではありません。ただし、会社には労働条件を明示する義務があります。2024年4月からは、勤務地や業務の変更の範囲なども明示事項に加わっています。
厚生労働省の法令解説と明示ルールの案内を2026年10月23日に確認しました。書類が来ないときは、「雇用契約書」という名前の紙があるかだけでなく、何の条件が、どの方法で、いつ示されたかを確かめます。
契約書は合意の記録、通知書は条件を示す書類
雇用契約書は、働く人が労働を提供し、会社が賃金を払うという合意の内容を記録します。勤務場所、仕事内容、賃金、労働時間などを双方で確認するために使います。労働条件通知書は、会社が働く人に条件を明示するために交付する書類です。
厚生労働省の労働契約法のあらましは解説PDFで確認できます。第6条の解説は合意による契約の成立、第4条の解説は理解の促進と、できる限り書面による確認を説明しています。
| 比べる点 |
雇用契約書 |
労働条件通知書 |
| 主な役割 |
合意内容を記録 |
会社が条件を明示 |
| 確認すること |
双方が合意した内容 |
必要事項と交付方法 |
| 署名の意味 |
合意の証拠になり得る |
通知の受領等と区別 |
| 書類の形 |
会社の様式による |
会社の様式やモデル例 |
出典:厚生労働省、労働契約法のあらまし、第4条・第6条の解説と、労働条件明示の公式案内。役割を整理した表です。
実務では、契約書に必要な労働条件を書き、通知書を兼ねることもあります。「契約書兼通知書」のような書類が1通で届いても、それだけを理由に不足とは判断できません。逆に、立派な表紙と署名欄があっても、必要な条件が抜けていれば確認が必要です。
通知書に本人の署名欄があるときも、単なる受領確認なのか、条件への合意を求めているのかを読みます。説明と違う条件があるのに、受け取るためだからと内容を読まずに署名しないことです。修正を求めた項目と会社の回答を残します。
労働契約法の努力義務と労働基準法の明示義務を分ける
労働契約法第4条は、会社が労働条件等について働く人の理解を深めるようにすることや、双方ができる限り書面で契約内容を確認することを定めています。「書面で確認する努力義務がある」という説明は、この規定の話です。
労働基準法第15条は、契約を結ぶ際に賃金、労働時間などの労働条件を明示するよう会社に求めています。重要な事項は原則として書面の交付による明示が必要です。こちらまで「できれば渡せばよい」と読み替えてはいけません。
厚生労働省の明示のQ&Aは、明示すべき事項と書面の対象を説明しています。本人が希望する場合には、印刷して書面を作れる電子メール等の送信方法も認められています。
| 確認したい問題 |
見るルール |
| 労働契約が成立したか |
労働契約法第6条等 |
| 内容の理解や書面確認 |
労働契約法第4条 |
| 契約時に条件を示したか |
労働基準法第15条 |
| どの項目をどの方法で示すか |
労働基準法施行規則第5条 |
口頭の合意で契約が成立することと、会社が口頭説明だけで明示義務をすべて果たせることは別です。「契約書は法律上必須ではない」とだけ返答されたら、賃金や時間を記した通知書など、必要事項を確認できる書類の交付予定を聞きます。
契約期間を書面で示された割合の規模別ランキング
書面で何が示されたかを調べた公的資料として、厚生労働省の令和3年有期労働契約に関する実態調査があります。第11表から、契約期間を明示された有期契約労働者のうち、書面・電子によって示された割合を高い順に並べました。同率は同順位です。
対象は同調査の有期契約労働者で、単位は%です。令和3年の調査結果であり、令和6年の明示ルール変更後の交付率ではありません。正社員を含むすべての雇用契約書の交付率でもありません。
| 順位 |
企業規模 |
書面・電子で明示 |
| 1 |
100〜299人 |
98.3% |
| 2 |
300〜999人 |
98.0% |
| 3 |
1,000人以上 |
97.4% |
| 3 |
5〜29人 |
97.4% |
| 5 |
30〜99人 |
94.3% |
| — |
有期契約労働者計 |
97.3% |
出典:厚生労働省、令和3年有期労働契約に関する実態調査の結果の概要、調査PDFの第11表、契約期間の明示方法の書面の列。資料内の21ページ、PDFの13ページです。
括弧内の公表値は「明示された」と答えた人を100としています。全体で契約期間を明示された人は97.2%、その人たちのうち書面・電子が97.3%です。似た数字でも、分母が違います。全労働者の97.3%が雇用契約書を受け取った、と説明することはできません。
書面と電子がまとめられているため、紙だけを受け取った人の割合にも分解できません。契約期間以外の賃金や就業場所まで漏れなく示されたかも、この表からはわかりません。
会社の規模が大きいほど一律に割合が上がる表でもありません。応募先の書類の有無は、会社ごとに確認します。過去の集計を、書類を渡さなくても問題がない理由や、個別の会社が違反している証拠として使わないことです。
署名前は給与・時間・契約期間の抜けを確認する
届いたら、求人票、面接で聞いた説明、書類の記載を並べます。求人票の一言より具体的になった項目と、金額や範囲が変わった項目を分けます。条件が変わっているなら、いつ何が変更されたかを聞きます。
| 見る欄 |
確認する内容 |
| 契約期間 |
期間の定めの有無、開始日と終了日 |
| 就業場所 |
入社直後と変更の範囲 |
| 業務 |
入社直後の仕事と変更の範囲 |
| 時間 |
始業・終業、残業、休憩 |
| 休日・休暇 |
休日の決め方と休暇制度 |
| 賃金 |
基本給、手当、計算・支払方法 |
| 退職 |
退職手続き、解雇の事由等 |
月給の総額だけが合っていても、基本給が下がって固定残業代が増えていれば条件の読み方が変わります。固定残業代の金額、対応する時間、超えた分の支払いを確認します。賞与も、支給時期の記載だけで金額が保証されるとは限りません。
「就業規則による」と書かれた欄は、参照する規則を読めるか確認します。どの規則のどの条項か、入社前に説明を受けられるかを聞けば、文書同士を照合できます。書類が複数あるなら、適用する雇用区分や版の日付もそろえます。
不明な欄を自分で埋めて、会社も同じ意味だろうと受け取らないことです。「転勤あり」なら変更の範囲、「シフトによる」なら勤務時間や休日を決める仕組みを確認します。条件の確認を口約束だけで終わらせず、修正版や回答文を保存します。
令和6年からは勤務地・業務の変更範囲も読む
厚生労働省の改正資料は、2024年4月からの明示事項を対象とタイミング別に説明しています。すべての労働契約の締結と、有期契約の更新の際には、就業場所と業務の変更の範囲が追加されています。
入社直後の勤務地が決まっていても、その後の転勤範囲まで同じとは限りません。業務も、最初の担当だけでなく、契約上どこまで変わり得るかを読みます。働き方の希望がある人ほど、入社直後と将来の範囲を分けて確認します。
| 対象・時点 |
追加して確認すること |
| 契約締結・有期契約の更新 |
就業場所と業務の変更範囲 |
| 有期契約の締結・更新 |
更新上限の有無と内容 |
| 上限を後から新設・短縮 |
事前の理由説明 |
| 無期転換の権利が生じる更新 |
申込機会と転換後の条件 |
出典:厚生労働省、2024年4月から労働条件明示のルールが変わりました、明示のタイミングと追加事項の表。更新上限の新設・短縮は説明のルールです。
すべての人に更新上限や無期転換の欄が必要なわけではありません。無期契約の人と有期契約の人で読む項目を分けます。有期契約なら、終了日だけでなく、更新の有無、判断基準、上限まで見ます。
無期転換の権利が生じる契約更新では、申込機会と転換後の条件の明示を確認します。更新のたびに同じ紙が来るだけでも、以前の様式に必要な欄が追加されているかは確認できます。変更点の全体は通知書の確認点で整理しています。
正社員・パート・有期契約で確認する対象を合わせる
労働条件の明示は、正社員だけの手続きではありません。パートやアルバイトでも、契約期間や勤務時間、賃金を確認します。長く働く予定だから無期契約だろう、短時間だから有期契約だろうと推測せず、期間の定めの有無を読みます。
有期契約なら、契約満了日と更新の説明を別に残します。契約書の最終日が近づいても、次の条件が当然に同じとは限りません。更新の話があった日、次の書類を受け取る予定日、変わる条件を確認します。会社から変更なしと言われたときも、更新後の期間まで確認します。
派遣で働くなら、雇用する会社との契約と、派遣先での就業条件を分けます。派遣先の担当者に仕事内容を説明されたことだけで、雇用主からの労働条件の明示まで完了したとは判断できません。書類が足りないときは、どちらの会社が交付するものかを確認します。
入社後に雇用区分が変わるときも、呼び名だけで給与や転勤範囲を判断しないことです。正社員登用や無期転換という言葉の下で、契約期間、担当業務、所定時間、賃金のどこが変わるかを照合します。説明を受けた日と適用開始日を分けて記録すると、新しい明細を読むときにも使えます。
メールや電子契約は、後から読める形で受け取る
電子の書類だから無効、紙だから安心、と単純に決めることはできません。労働条件の明示では、本人が電子送信を希望していることと、受け取った記録から印刷して書面を作れることを確認します。
会社のシステムで「同意する」を押す手続きと、労働条件を受け取る手続きは分けて考えます。画面で閲覧できるだけなのか、ファイルを保存できるのか、署名後の控えが手元に届くのかを確認します。
契約内容を修正したなら、最終版を保存します。署名前の版、会社からの説明、最終版の条件が違うときは、どの版で合意するのかを明らかにしてから進めます。通知メールだけ保存して添付ファイルを残さないと、後から内容を確かめられなくなることがあります。
入社前の応募用アカウントや、退職後に使えなくなる会社のアカウントだけに書類が置かれているなら、控えを受け取る方法を聞きます。自分の労働条件の書類を保存することと、業務上の機密資料を持ち出すことは分けます。
電子で届いた書類を理解できないときは、対面や電話で説明を求め、説明後の回答を文面で残してもらいます。操作が完了したことだけでは、賃金や勤務場所への疑問は解決しません。
もらえないときは足りない項目と交付日を聞く
最初に、採用時のメール、添付ファイル、電子契約の案内を確認します。「雇用契約書」という件名ではなく、採用条件、入社案内、労働条件通知などの名前で届いていることもあります。
見つからなければ、担当部署へ交付方法と予定日を問い合わせます。「そのうち渡す」という回答なら、いつ、どの方法で受け取れるかまで確認します。入社日が近いときは、働き始める前に条件を読めるよう求めます。
件名:労働条件の書類の確認
【入社予定日】からの勤務条件について、賃金、労働時間、就業場所と業務、契約期間等を記した書類を確認したく、ご連絡しました。交付方法と交付予定日を教えてください。すでに送信済みでしたら、確認先をご案内ください。
この文は確認のための記入例です。本人の状況に合わせて、未確認の条件だけを足します。すでに書類があって賃金欄だけ不明なら、全部を再交付してほしいという話に広げず、該当箇所を示して問い合わせます。
いただいた書類の【確認する欄】について、面接で聞いた説明との違いを確認したいです。今回適用される条件と、修正の有無を文面で教えてください。
問い合わせた日、宛先、求めた項目、返答を残します。電話で説明を受けたなら、その内容を自分でメモし、理解した条件をメール等で確かめます。記憶だけで比較するより、会社との食い違いを具体的にできます。
入社後に違いが出たときは書類と勤務記録を並べる
実際に働き始めてから、給与や勤務場所が説明と違うと気づくこともあります。そのときは、契約書だけでなく、求人票、面接後のメール、労働条件通知書、勤務表、給与明細を同じ時系列に並べます。
「説明と違う」の中身を、賃金、時間、休日、業務、勤務地に分けます。仕事内容なら、示された内容と実際に指示された内容、変更の説明があったかを記録します。給与なら、固定残業代や欠勤控除など、差額の理由も確認します。
| 残す情報 |
具体的な記録 |
| 示された条件 |
求人票、通知書、メール |
| 実際の勤務 |
日付、始終業、休憩、業務 |
| 実際の支払い |
給与明細、計算の説明 |
| 会社の回答 |
問い合わせ日と返答 |
| 求めたい対応 |
書面交付、条件の説明、訂正等 |
会社から新しい契約書への署名を求められたときも、過去の勤務条件の確認なのか、将来の条件変更への合意なのかを読みます。日付がさかのぼっている書類や、説明のない変更があれば、その理由を確認してから判断します。
書類がないからすぐ辞めなければならない、署名したから何も相談できない、と決めないことです。合意の内容や法令との関係は個別に確認します。給与が未払いなら、契約書の探索だけに時間を使わず、働いた記録と支払状況を持って相談します。
明示されない問題と、契約内容の争いで相談先を使い分ける
厚生労働省の相談先の案内は、労働条件が明示されないなど労働基準法違反と思われる問題を、労働局の監督課や労働基準監督署へ案内しています。契約に関する民事上の紛争や無期転換の相談は、労働局の雇用環境・均等部室等が案内先です。
相談前に法律上の結論を自分で決める必要はありません。どの条件が示されていないか、会社から何と説明されたかを伝えます。窓口が違えば、内容に合う相談先を確認します。資料の持参や相談の流れは労基署への相談でも説明しています。
書類の未交付と、合意した条件の解釈を分けると相談しやすくなります。「雇用契約書がない」という一言だけでは、通知書もないのか、控えだけ受け取っていないのか、書類はあるが内容が違うのかが伝わりません。現在の状態と求める対応を短くまとめます。
求人票・面接・しょくばらぼで合意する条件を確かめる
応募中は求人票の条件を記録し、面接でわかった内容を同じ欄に追記します。内定後は、契約書や通知書の金額・時間・範囲と照合します。企業研究の段階で使う項目は企業研究の方法でも整理できます。
面接では「【応募職種】の労働条件は、いつ書面か電子ファイルで確認できますか。配属後の業務と勤務地の変更範囲も教えてください」と聞けます。まだ決まっていない条件があるなら、決定時期と確認方法を聞きます。
厚生労働省のしょくばらぼの残業や有給の実績は、会社の働き方を調べる材料になります。ただし、掲載された平均実績は、自分が合意する勤務条件そのものではありません。契約の条件と職場の実績の両方を見ます。その会社の実際の数字は、求人票・面接・しょくばらぼで確かめます。