過労死ラインは、脳・心臓疾患の労災認定基準にある時間外労働の水準のことです。厚生労働省の基準では、発症前1か月間におおむね100時間、または発症前2か月間ないし6か月間にわたって1か月あたりおおむね80時間を超える時間外労働があると、業務と発症との関連性が強いと評価されます。法律の条文に「過労死ライン」という言葉があるわけではなく、この基準の時間が一般にそう呼ばれています。
残業の上限を決める労働基準法36条の数字(単月100時間未満、2〜6か月平均80時間以内)とよく似ていますが、目的も数え方も別の決まりです。この記事の基準と条文は、2026年10月26日に厚生労働省とe-Gov法令検索で確かめました。自分の働き方が労災に当たるかどうかは、労働基準監督署が個別の事情で判断するもので、この記事で決めることはできません。
過労死ラインの根拠:脳・心臓疾患の労災認定基準
根拠は、厚生労働省の通達「血管病変等を著しく増悪させる業務による脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準について」(令和3年9月14日 基発0914第1号、令和5年10月18日改正)です。厚生労働省のパンフレット「脳・心臓疾患の労災認定」(令和6年10月版)は、長期間の過重業務での労働時間の評価を次のようにまとめています。
| 時間外労働の状況 |
業務と発症との関連性の評価 |
| 発症前1か月間ないし6か月間にわたって、1か月あたりおおむね45時間を超える時間外労働が認められない |
関連性が弱い |
| おおむね45時間を超えて時間外労働が長くなる |
長くなるほど関連性が徐々に強まる |
| 発症前1か月間におおむね100時間、または発症前2か月間ないし6か月間にわたって1か月あたりおおむね80時間を超える |
関連性が強い |
「発症前2か月間ないし6か月間」は、発症前2か月間、3か月間、4か月間、5か月間、6か月間のいずれかの期間です。どれか1つの期間の平均が80時間を超えれば、この水準に当たります。
対象の病気は、脳血管疾患(脳内出血、くも膜下出血、脳梗塞、高血圧性脳症)と、虚血性心疾患等(心筋梗塞、狭心症、心停止、重篤な心不全、大動脈解離)です。重篤な心不全は、令和3年の改正で加わりました。
令和3年の改正:時間に届かなくても、ほかの負荷と合わせて評価
厚生労働省の「脳・心臓疾患の労災認定基準 改正に関する4つのポイント」は、改正の中身を4つにまとめています。
| ポイント |
中身 |
| 1 総合評価の明確化 |
100時間・80時間の水準に至らなくても、これに近い時間外労働があり、一定の労働時間以外の負荷も認められれば、業務と発症との関連性が強いと評価できることを明確にした |
| 2 労働時間以外の負荷要因の見直し |
勤務間インターバルが短い勤務、身体的負荷を伴う業務などを新たに加えた |
| 3 短期間の過重業務・異常な出来事の明確化 |
発症直前から前日までの特に過度の長時間労働、発症前おおむね1週間の深夜に及ぶ時間外労働などを例に示した |
| 4 対象疾病の追加 |
重篤な心不全を加えた |
労働時間以外の負荷要因は、勤務時間の不規則性(拘束時間の長い勤務、休日のない連続勤務、勤務間インターバルが短い勤務、不規則な勤務・交替制勤務・深夜勤務)、事業場外における移動を伴う業務(出張の多い業務など)、心理的負荷を伴う業務、身体的負荷を伴う業務、作業環境(温度環境、騒音)です。「勤務間インターバル」は、終業から次の勤務の始業までの時間をいいます。
つまり、80時間に届かないから大丈夫、とは言えません。残業が70時間台でも、夜勤が続く、終業から始業まで数時間しかない、といった働き方が重なれば、評価は変わります。
36協定の上限との違い:休日労働の数え方に注意
労働基準法36条は、36協定で残業させられる時間に上限を置いています。過労死ラインとよく似た数字が出てくるので、並べて比べます。
| 項目 |
労働基準法36条の上限 |
脳・心臓疾患の認定基準 |
| 目的 |
会社が残業させてよい時間の上限(守らなければ法律違反) |
発症が仕事によるものかを判断する基準(労災の認定) |
| 原則 |
月45時間・年360時間(36条4項) |
月おおむね45時間を超えなければ関連性が弱い |
| 1か月の水準 |
特別条項でも、時間外労働と休日労働の合計で月100時間未満(36条6項2号) |
発症前1か月間におおむね100時間を超える時間外労働で関連性が強い |
| 複数月の水準 |
時間外労働と休日労働の合計で、2〜6か月の平均が月80時間以内(36条6項3号) |
発症前2〜6か月間に月平均おおむね80時間を超える時間外労働で関連性が強い |
| 数え方 |
法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超える時間外労働と、法定休日の労働 |
1週間あたり40時間を超えて働いた時間 |
36条の上限を守っていても、過労死ラインの考え方では負荷が強い働き方があり得ます。たとえば、2〜6か月平均で80時間ちょうどの月が続くのは36条の上限内ですが、認定基準の「おおむね80時間」にほぼ並びます。36協定の中身と特別条項は36協定とはで、残業を断れる場面は残業は断れる?で説明しています。
令和7年度の労災補償:脳・心臓疾患の支給決定は217件
厚生労働省は、過労死等の労災補償状況を毎年公表しています。最新は令和7年度「過労死等の労災補償状況」(令和8年7月15日公表)です。
| 年度 |
請求件数 |
決定件数 |
うち支給決定件数 |
支給決定のうち死亡 |
| 令和3年度 |
753件 |
525件 |
172件 |
57件 |
| 令和4年度 |
803件 |
509件 |
194件 |
54件 |
| 令和5年度 |
1,023件 |
667件 |
216件 |
58件 |
| 令和6年度 |
1,030件 |
784件 |
241件 |
67件 |
| 令和7年度 |
1,254件 |
811件 |
217件 |
67件 |
令和7年度の認定率(決定件数に占める支給決定件数の割合)は26.8%でした。請求は前年度より224件増えていますが、支給決定は24件減っています。
残業の長さ別:80時間未満でも認定がある
同じ別添資料1の表1−6で、令和7年度の支給決定を、評価した時間外労働の長さ別に並べます。
| 時間外労働(1か月、または2〜6か月の1か月平均) |
評価期間1か月 |
評価期間2〜6か月 |
合計 |
合計のうち死亡 |
| 45時間未満 |
0件 |
0件 |
0件 |
0件 |
| 45時間以上〜60時間未満 |
0件 |
1件 |
1件 |
0件 |
| 60時間以上〜80時間未満 |
5件 |
48件 |
53件 |
17件 |
| 80時間以上〜100時間未満 |
7件 |
42件 |
49件 |
13件 |
| 100時間以上〜120時間未満 |
27件 |
21件 |
48件 |
20件 |
| 120時間以上〜140時間未満 |
8件 |
7件 |
15件 |
3件 |
| 140時間以上〜160時間未満 |
4件 |
1件 |
5件 |
2件 |
| 160時間以上 |
9件 |
6件 |
15件 |
5件 |
| その他(短期間の過重業務・異常な出来事) |
― |
― |
31件 |
7件 |
| 合計 |
60件 |
126件 |
217件 |
67件 |
2〜6か月平均で評価された支給決定は、60時間以上80時間未満が48件で最も多く、80時間以上100時間未満の42件を上回りました。表の注は、1か月で100時間未満、2〜6か月で80時間未満で支給決定した事案には、勤務時間の不規則性などの労働時間以外の負荷要因を認め、総合的に判断したものも含むとしています。令和3年の改正の考え方が、件数に出ています。
業種別:支給決定は運輸業、郵便業の64件が最多
| 順位 |
業種(大分類) |
請求件数 |
支給決定件数 |
| 1 |
運輸業、郵便業 |
257件 |
64件 |
| 2 |
卸売業、小売業 |
151件 |
37件 |
| 3 |
建設業 |
164件 |
21件 |
| 4 |
宿泊業、飲食サービス業 |
82件 |
19件 |
| 5 |
サービス業(他に分類されないもの) |
166件 |
16件 |
| 6 |
医療、福祉 |
108件 |
12件 |
| 7 |
製造業 |
114件 |
11件 |
| 8 |
情報通信業 |
51件 |
10件 |
| 9 |
教育、学習支援業 |
21件 |
6件 |
| 10 |
農業、林業・漁業・鉱業、採石業、砂利採取業 |
16件 |
4件 |
| 11 |
金融業、保険業 |
13件 |
0件 |
| ― |
その他の事業(上記以外) |
111件 |
17件 |
| ― |
合計 |
1,254件 |
217件 |
運輸業、郵便業の中では、道路貨物運送業が請求179件、支給決定50件で、業種の中分類で最も多くなっています。職種別でも、自動車運転従事者が請求215件、支給決定53件で最多です。年齢別の支給決定は50〜59歳79件、60歳以上63件、40〜49歳58件の順でした。件数はその業種や年齢で働く人の多さにも左右されるので、働く人1人あたりの起きやすさの順位ではありません。残業の多い業界の数字は残業が少ない業界ランキングで比べられます。
精神障害の労災:支給決定1,082件
同じ公表では、精神障害の請求は4,958件、支給決定は1,082件(うち未遂を含む自殺76件)でした。精神障害の認定基準では「1か月に80時間以上の時間外労働を行った」も出来事の一つで、令和7年度は決定90件のうち支給決定40件です(別添資料2、表2−8)。脳・心臓疾患とは評価の仕方が違います。精神障害の支給決定を時間外労働の長さ別にみると、「20時間未満」が57件で最も多く、「40時間以上〜60時間未満」が55件で続きます(表2−6)。表2−8のとおり、精神障害はパワハラなど労働時間以外の出来事で支給決定される件数が多くなっています。出来事ごとの件数はパワハラの定義の記事に表で載せています。
長時間労働が続くときにやること
まず、自分の労働時間を記録します。始業・終業の時刻、休憩、休日出勤、持ち帰りの仕事を、日ごとに残します。会社の勤怠記録と違うなら、その違いも書きます。認定基準の時間外労働は週40時間を超えた時間で数えるので、週ごとの合計を出しておくと後で整理しやすくなります。
長時間働いた人には、会社の医師による面接指導の制度があります。手続きは産業医面談とはで説明しています。体調の異変(胸の痛み、ろれつが回らない、ひどい頭痛など)があれば、時間の基準に関係なくすぐ受診します。
自分の職場の36協定で、月何時間まで、特別条項で年何回まで延ばせるのかを確かめます。労働基準法106条は、36協定を掲示や備え付け、書面の交付などで労働者に周知させなければならないと定めています。36協定の上限を超える残業は、労働基準監督署に申告できます。労働基準法104条は、申告を理由に解雇その他の不利益な扱いをしてはならないと定めています。家族が倒れた場合の労災の請求は、亡くなった場合も含めて、労働基準監督署が窓口です。
その会社の実際の数字は、求人票・面接・しょくばらぼで確かめる
過労死ラインに近い働き方を避けるには、入社前に残業の実態を見ることです。厚生労働省のしょくばらぼには、会社が公表した月の平均残業時間が載っています。カイシャのホントの会社の比較ページでも、県ごとに残業時間の少ない順に会社を並べられます。
求人票では固定残業代の時間数を見ます。面接では「配属予定の部署で、昨年度に月80時間を超えた人はいましたか」「特別条項を使った月は年に何回ありましたか」「勤務間インターバルの決まりはありますか」と聞きます。平均だけでなく、一番長い人の数字を聞くと実態が見えます。